タリーズコーヒー創業秘話 すべては一つの作り話から 6

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いよいよクライマックスです。

前回に引き続き、私"ミッキーについて"の内容ですが、
この部分は「共同経営の破綻」どころか”私への誹謗中傷の始まり”だったのです。そして、この本で完全に私は「闇に葬られた”変な”ビジネスパートナー」に成り下がってしまったのです。

オープンして2週間で「事件が起きた」とこの本に書かれています。
但しこれは私が辞める直前の出来事だったはずです。

アルバイトフェローのヒロミちゃんは私の右腕として、
ほぼ毎日一生懸命働いてくれていました。彼の本の内容では”ある日彼女が代表となり、アルバイト全員の私への不満を彼にぶつけてきた。それは「アルバイトを取るか、店長を取るか」という内容”とあります。???

アルバイトフェローは「経験者」と「大学生」に割れていたのは事実です。
私の誘いでスタバから来て貰っていた子達(2名)とヒロミちゃんが店の主力、残りは松田の妹さんのツテで大学生達。大学生は勿論「アルバイト」、スタバから来て貰ってた子達とヒロミちゃんはフリーター。経験の違いもありますが、やはり心掛けが違っていました。勿論、どこにでもあるようなスタッフの構成ですが、大学生達の私に対する文句や愚痴が、直接、彼らの取りまとめ役である妹さんを通じて松田に伝わり、私への「非難」に繋がったのが事件の裏側です。

この本の中で”自分が連れてきた子をひいき・・・”(?)

そんな低レベルな話ではありませんし、スタバに対抗するシアトル派のスペシャリティーコーヒーとして「クオリティ」をアピールしたかったのですし、一杯320円のコーヒーを昨日今日入った未経験者に作らせる程、私はコーヒーをナメていませんでした。フリーターである彼女ら経験者達は、どうしても雑用は減るし、シフトも増えますよね。コーヒーを作れる事はもとより、彼らは、”全て未成熟であるのに、一見、一流に見えるシアトルのコーヒーショップ”(実際はマニュアルは私が作ってましたし、アメリカサイドからの指導等は一度も無かった。)には、必要不可欠な人材でした。開店当時の我々の店では、余剰人員を雇う余裕などなかったですし。(私自身が無給でしたから。)その辺が大学生達には、”ひいき”に見えてしまったんでしょうかね。私も当時「未熟な経営者」だったと思いますから、勿論、不満を感じさせてしまった事はあったかもしれません。

でも「私達を取るか.....」と言われる程、酷い事をした覚えはありません。

そしてこの本に書かれている私の奇行(?)が登場してくるのです。

「休憩に行って、時には3時間.....」

休憩に3時間?酷い濡れ衣です。大体「河童橋」に買い物に行ったら、何分掛かりますか?それに第一、これは仕事です!!食事休憩と言ったって、大体は途中で立ち食いそばや牛丼屋による程度でした。「買い物」=「仕事」ですし、純粋な「休憩」など殆どありませんでしたから。”連絡の取れないパートナー”は、全く当てに出来ず、自分で買い物に行くしかありませんでしたから。”本当は居るはず”の事務所にも彼は居ませんでした。本当に一体、”毎日何をやっていたんでしょうかね!?”
全く情けなく、恥ずかしい話です。

「コーヒーの用意が出来ていない.....」

開店準備が遅れる事はあったかも知れません。
多分、1度位ですが。

「モカのオーダーにショートケーキのホイップを......」

どこからショートケーキが出てきたのでしょう!?
メニューにショートケーキなど存在しません!!
また、例えあったとしても絶対にそんなものは出しません!!!
完全な作り話で、本当に馬鹿げた捏造です。本を沢山売りたいのは分かりますが、もう”いい加減勘弁して欲しい”内容です。

まだまだ続きます。

「ゴミ出しをしていない」

タリーズのキッチンの左奥には外に出れる扉がありました。ある日
、すごく忙しかった日の営業中に、一杯になってしまったゴミ袋を取り換えて、それを店内に置いたまま営業を続ける事は出来ませんので、外に出しておきました。(銀座では当時、夜中に道路にゴミを出しておくと、翌朝までには片付いていました。)その日の営業後、通常のゴミを出し、その脇の扉に隠していたゴミを出し忘れた事があったのは覚えてはいます。確かに「あるまじき事」ではありますが、本に書くほどの内容なんでしょうか?

「アメリカーノに水道水を......」

実は、銀座一号店は今では想像もつかない程”素人の作ったお店”でした。先にも述べましたが、私も朝から晩まで働いても無給な位、全く資金にゆとりが無く、細部まで注意が行き届かないまま、半ば強引にオープンに踏み切りました。(既に銀座の一等地での家賃が発生していた為。)そこで、水道に浄水器は取り付けたのですが、見た目には判らなかった。確かに、オープン当初、水を入れて薄めるアメリカーノは、この水を直接、蛇口から入れていました。でも、これは当初の私と彼の苦肉の策だった筈ですし、その後、何日か営業を重ねて、”見栄えが良くないから、ピッチャーを買って、それに入れよう”という案が出てきたのです。
何故、私だけが悪者に?

極めつけはこの部分です。

「上が大変な事になっているのに、地下の事務所で優雅に.....」

私が地下でタバコをふかしていたのは、本来、彼が勤務すべき時間(私のその日の勤務は終わっているはずの時間。)でした。パートナーと度々、連絡が取れず、また、彼が何度も出勤予定をすっぽかして、更に、稀に出て来た日すら遅刻して来る。肉体的にも精神的にも彼への不満が限界でした。”同じ立場のはずの人間が、殆ど予定通りに来ないし、連絡すらもままならない”事への怒りと不信感”が頂点に達し、とても”優雅”という言葉とは懸け離れた「鬼の形相」だったはずです。

”上が大変?”

もし、それを素通りして、私を呼ぶ為にわざわざ下まで降りて来たあなたは真の経営者なんですか?(なぜ、自らエプロンを付け、すぐにサービスに入らないのですか?)

そして、この会話の部分で私の言い分は完全に消去されています。

逆切れではありません。
重要な資金繰り、及び会社の運営に関わる話だったのです。私は資金繰りに疑問を持っていましたので、その為に”彼を待っていた”のです。つまり遅れて出勤した挙句、私に責任を押し付け、自分の主張は正当化するも、肝心の内容ははぐらかす。先日、日本からわざわざ電話して来ましたが、その電話の内容もやっぱり一緒でした。彼はあの時と、少しも変わっていませんでした。
「自分がシフトに遅れる事は「正当化」し、それによってフェローにしわ寄せが来ても、全て「店長(本当は共同経営者)の勤務態度に問題がある!」という理論なのです。

これはどう考えてもおかしいと思いませんか?

「最後には私(ミッキー)が店を飛び出した!.......」

これにはまだ続きがあります。

最後に店で勤務した日に、私は店の売上金(一日分)を預かりました。確か10数万円のお金です。これは、”彼が資金繰りを隠蔽していた事”に対する強硬手段だったのです。
彼には電話で”その日の売り上げを持ち帰った事”と「次の日はお前が朝から店に出ろ!俺が入金に行くから通帳と印鑑を用意してくれ!」と伝えました。

何故、私が店の売上金を家に持ち帰ったのか?

ここが最重要ポイントなので、詳しく説明させて頂きます。

タリーズのオープン当時の売上げは、たかだか月350万円位でした。私も毎日、店で売上げ管理していますので、その位覚えています。前にも述べていますが、”資金繰りがすごくグレー”で、私に隠そうと(?)いや隠し続けていたのです。私は当然、共同経営者として「資金繰り」は心配です。何故なら、私の所持金は殆どゼロに近く、”会社が潰れては困る!”(担保も提供してますし)と毎日心配でした。何故なら彼は、私に”オープン前から会社の銀行通帳を見せてくれず”(しかも明らかに意図的に)、再三に渡って「通帳を見せてくれ!」と頼んでも、「今日は持ってない。」とか「忘れた。」なんて調子で、私の不信感はどんどん募りました。当時はインターネットバンキングも出始めだったので、銀行通帳による記帳が主流だった時代です。
本当に考えられない事でしたが、当時、輸入も始めたばかりで、
その辺の業務は彼がやっていましたので、銀行印は彼がいつも持ち歩いており、私はキャッシュカードすら持っていなかったのです。
この時点で完全に会社を「私物化」していたんですよね。自分(彼)は家族や親戚の出資を含めても、1000万足らずなのに、共同経営者の私を”店長扱い”して、会社の共同運営を無視して、私に責任を押し付けて、”店の運営までをも「私物化」”使用していたのです。

ロコトレーディング通帳

共同経営って”怖い”ですよね。
ほんの2ヶ月前迄は、お互いパートナーとして「疑う事を知らなかった筈」なのに、です・・・。

先の事務所の言い争いは「資金繰り」を公開しない、または隠し続けるビジネスパートナーに対する不満の爆発、そして私なりに考えた最後の手段だったのです。

”売上金を私が入金すれば良いのだ!”という、目からうろこの単純な作戦・・・。

売上金を入金しなければ、約定の決済とか支払い手続き等が滞る為
、「必然的に」通帳を持って来るだろうし、忘れないはずだ!<悲しい事に、私が銀行通帳(しかもコピーですよ!)を入手出来たのは私が取締役を退任し、タリーズを完全に抜ける書類の印鑑を押した日の事でした。>

期待を持っていた翌朝、”とんでもない事”が店では起きていました。

フェロー(スタバから私が頼んで働いてくれていた子)から電話を受け、私は”信じられない体験”をする事になりました。

早朝、「松田による大号令」があった、と・・・。

それは・・・

ミッキーが、
*売上金を盗んだ!
*店の周りをウロウロしているから気を付けろ!
*絶対に店に入れるな!
*火を付けるかもしれない!

という”酷過ぎる内容”が当時のフェロー全員に伝達されたのです。

「..........。」


共同経営者で、担保分も含めて総額4600万もの債権を保有している代表取締役が、”10数万円の売上金を一晩、家に持ち帰った
(共同経営の片割れ、松田の不審な行動による業務上の行為として
。)事”で「泥棒扱い」されたのです。

こんな屈辱を味わった事ありますか?
そしてこのパートナーとこれから上手くやっていけますか?

彼は完全にイカレてる。
私はそう悟りました。

この事件で”全て”が終わりました。

私が辞める前に、ヒロミちゃんからの電話でこの事件の裏側と「大号令」の内容、その前後の「作り話」の全てを知り、私の彼への「怒り」は頂点に達しました。「汚いヤツだ!」何も知らないアルバイトの大学生や中心スタッフまで巻き込んで。彼女は突如、よそよそしくなった私への態度や、言動の謝罪をして来て、その理由が「松田から言われた事を真に受けて、全て信じてしまった!」と涙ながらに語ってくれました。この告白の後、彼女もまた、タリーズを辞めました。(スタバの子達も事件後まもなく辞めました。)

これがヒロミちゃんを巻き込んだ大事件の全貌です。

私は辞める前に松田を問い詰めたのですが、「俺は誰がそんな事を言ったのか知らない、調べておく。」とはぐらかし、結局私は、この時「白黒つける事」よりも、「身を引く事」を選択してしまったのです。あの時、徹底的に追求しておけば良かった、と今更ながら後悔しています。でも、あの時タリーズを”ぐちゃぐちゃにしてしまう事”はリスキーに思えたんですよ。しかしそれは、自分の”甘さ”だったんですね。

何故なら私は、彼に”こんな本”(捏造と妄想)で更に追い討ちを掛けられているとは露知らず

私、及び私の家族は、そんな彼に対し
無事、全ての債権が完済されてから、ほんのつい最近まで(文春さんからの本の抜粋を読むまで。)「タリーズの成功」そして「担保を手放さなくて済んだ事」への、彼への”賞賛、
更に感謝”すら感じていたのです。

本の「価値」を本当に理解してこの本の「著者」は書いているのでしょうか?

真実を知る私には、”このような事”を書いて、10万部=10万の人を欺いている行為(そして印税という代価を受け取っている)は許しがたいです。

そして「本」は一生残ります。

私が気付いた(というより、週刊文春さんが教えてくれたのですが。)から良かった(それでももう、8年間も前から出版されています。)のですが、もし気付かなければ、私は一生「生き恥」をさらして生きていく事になりました。

しかも「松田公太」という、ビジネスでは成功を収めて、現在参議院議員として「国政」を司る”一人の人間の成功の裏側”で・・。

















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